レース艇「F50

11 JANUARY 2019News

「F50」というレース艇の最大の特徴を上げるとしたら、予想最高速度が53ノットに達するだろうということです。

ほんの10年前であれば、それはセーリングのスピード世界記録を軽く更新していた数字です。それまでは50ノット(時速約100キロ)超えというのは実証が難しく、いわゆる“音速の壁”のように考えられていました。ところが今はただまっすぐ走るだけでなく、このスピードでレースが行われるのです。最新のデザインとテクノロジーがどれほどこのスポーツを牽引してきたかを証明しています。

しかしこのレース艇の建造には、明確なビジョン、自信、そして多大なる努力が必要でした。新型F50カタマランは前回のアメリカズカップ艇「AC50」のDNAを受け継いでいます。全長50フィート(訳15m)、ウイングセールを搭載し、ハイドロフォイルで水面から船体を浮き上がらせて走る外観は同じように見えるかもしれませんが、その内側には格段に進化した“野獣”が潜んでいます。抵抗の少ない細身のハイドロフォイルを、洗練された油圧アクチュエーター搭載のフライバイワイヤー制御システムで操作することで、F50は最新のデザインとテクノロジーの限界を超えるだけでなく、新世代のレーシングマシンを定義するものとなるのです。あらゆる分野の先駆的なプロジェクトと同様に、既存のテクノロジーと新しいイノベーションのバランスをとることが鍵となることでしょう。(訳注:ウイングセール=飛行機の翼のような形状をした硬質セール ハイドロフォイル=水中翼。F50ではダガーボードとラダーエレベーターがその役割を果たしている フライバイワイヤー制御システム=クルーの操作を電気信号に変換して油圧式アクチュエータを動かし操作する方法)

「私たちが開発した技術は、過去10年間にマルチハルをフォイリングさせることで学んだすべての教訓から生まれたものです」とSailGPのCEOであるラッセル・クーツは言います。「これらの教訓を最大限に活用し、セーリング自体がエキサイティングなスポーツというだけでだけではなく、チームが接戦を繰り広げるようにレース艇を改良しました」(訳注:フォイリング=ヨットを水面に浮かせて滑走するテクニック)

6艇のまったく同型の、洗練されていながらも複雑な構造を持つ50フィート艇を、シドニーで行われる開幕戦に間に合うように建造するのは、のべ10万人工を超える壮大な作業でした。建造はニュージーランドのコアビルダー社で行われ、2017年にバミューダで使用された3艇のアメリカズカップボートを基本仕様に戻すことから始まりました。さらに、新たに定められたF50ワンデザインクラス規則に準拠するレース艇を合計6艇そろえるために、3つの新しいボートが同時進行で建造されました。

最大の変更箇所は、コックピットのレイアウトです」とSailGPのテクニカルチームオペレーションマネージャーのブラッド・マーシュは説明します。「6人乗りだったAC50を5人乗りに変更しました。以前はグラインダーが2台ありましたが、F50は1台しかありません。そのため、ボートをコントロールするのに必要とされる力を補うために、油圧用に無限の力を提供するリチウムイオンバッテリーを搭載しています」

リチウムイオンバッテリーを搭載したことで、F50にフライバイワイヤー制御システムを組み込むことが可能となり、クルーはレース艇をより速く、より効率的に走らせることができるようになりました。戦闘機からF1まで、そして普通の車のABSシステムに至るまで、フライバイワイヤー技術は手動で達成できるレベルを超えてパフォーマンスを向上させる手段を提供しています。これはつまり、新世代の高性能ダガーボードを使用できることを意味します。

「ダガーボードはバミューダの時よりも高速になっています。なぜならアメリカズカップの時には入手できなかったパラメータ、材料、プロセスを利用できたからです」とマーシュは続けます。具体的には、それはハイスペックの炭素繊維から作られた、抵抗の少ない細身のフォイルです。

ラダーエレベーターを作るのは時間のかかる仕事でした。「私たちは14枚の高速用フリップと14枚の軽風用フリップを作り、さらに14本の新しい舵軸を製作しました。ラダーエレベーターも高速用と軽風用の2つがあります」とマーシュは説明します。

高度な技術は開発に時間がかかりますが、それでもシドニーでの最初のイベントの日は近づいてきました。F50のテストドライバーであり、オリンピックで二度のメダル獲得とアメリカズカップのヘルムスマンを経験したネイサン・アウタリッジほど、このタイムスケジュールを意識した人はいなかったでしょう。

「短期間で終わらせるべきことがたくさんありましたが、アルテミステクノロジー社のシミュレーターを使うことができて本当に助かりました。管理された環境で、ソフトウェアのプログラム変更を模擬体験できたことは非常に重要でした。私はニュージーランドでのテストセーリングの前に、イギリスのシミュレーターで3日間いろいろ試しました。そのお陰で開発期間はおそらく1か月ほど短縮することができたと思います」とアウタリッジ。

F50の実艇による最初のセーリングトライアルは、ニュージーランドのノースランド地方ファンガレイで10週間にわたって行われました。

最初のトライアルでは、採用したすべての構成変更に対する検証が行われました。その後、各国のセーリングチームがニュージーランドでテストセーリングしました。ボートの検証は私たちにとっても非常に有益であり、また各チームがシドニーに向けた何を準備する必要があるかを知るためにも有益でした」とマーシュは言います。

「ボートについて、チームについて、そしてSailGPへの今後の期待について多くを学びつつ私たちはトライアル期間を終了しました。トライアル期間は私たちにとっても、コンテナハウスで作業することに慣れるための期間でした。SailGPが世界を転戦するために、私たちは58個のカスタムコンテナを制作したので、ファンガレイはこうしたことすべてのトライアルの場となったのです」とマーシュは続けました。

しかし、レース艇が完成してもマーシュと彼のチームにはまだプレッシャーがありました。

「私たちが直面する最大の課題はそのスケールです」とマーシュ。「レース艇は非常に複雑でテクニカルです。建造するのも、組み立てるのも、進水させるのも難しく、そしてセーリングするのも非常に難しいのです。バミューダでは120人体制のチームでした。ここでは6艇を建造し、開発し、フィッティングし、組み立て、進水させ、そしてテストしなければなりません。だからスケールは驚異的なものになります。一つのデザインパーツから同じものを大量生産することはできますが、それでも時間は何物にも代えがたいです」

「6艇を走らせるには、多くの人員、あるいは多くの時間が必要です。だから、私たちにとって、このプロジェクト全体のスケールは最大の課題です」とマーシュ。

このプロジェクトがどれほどの規模なのか、シドニーでの開幕戦で明らかになります。そして世界最速のレースボートがワールドツアーに向けて走り出すのです。SailGPはセーリングというスポーツが前進する大きな一歩となるでしょう。